健康診断の歴史:感染症対策から人間ドック、生活習慣病予防へ
- 2026年2月2日
- 健康診断・人間ドック
はじめに
健康診断(健診)は、病気の早期発見と健康維持を目的に行われる検査であり、日本では大人も子どもも当たり前のように受けています。しかし、この制度が当初から今の姿だったわけではありません。日本の健診は感染症の流行に対処するために始まり、その後、労働環境の改善や学校保健、総合健診(人間ドック)の普及を経て、現代では生活習慣病やがんの予防を目的とした検査へと発展しています。本記事では、日本を中心に健康診断の歴史をたどり、健診項目や目的がどのように変化してきたのかを振り返りながら健康診断の重要性を考えていきます。
近代日本の健診の起源と学校保健
近代的な健康診断につながる最初の取り組みは、学校でした。当初は体育教員の養成を目的とした検査に始まり、その後、児童・生徒向けにも検査が導入されたといわれています。1897年には「学生生徒身体検査規程」として視力・聴力・歯科検診などが項目に追加されました。近代的な学校教育が整うのと並行して、子どもの発育や健康状態を観察する仕組みが成立したのです。
学校健診の項目は時代とともに変化しました。1937(昭和12)年には、座ったときの上体の高さを測る座高測定が導入され、「重要臓器の多くは体幹にあり座高の発育が重要」という理由で実施されました。しかし医学の進歩により因果関係が示されなかったことから、文部科学省は検査項目を見直し、2014年改訂の学校保健安全法施行規則で座高測定の廃止を決定し、2015年度を最後に学校健診から姿を消しました。近年は姿勢や運動機能を確認する「運動器検診」が追加されるなど、学校健診も時代に合わせたマイナーチェンジが行われています。
法制度と労働者健診の制度化
日本で社会的に健康診断が導入された背景には感染症対策があります。1911(明治44)年に制定された工場法は、労働者の結核予防を目的として健康診断の実施を事業主に義務付けました。この工場法は日本で初めての本格的な労働保護立法であり、当時蔓延していた結核や赤痢などの感染症を抑えるための措置でした。戦後は1947年の労働基準法、1972年の労働安全衛生法へと引き継がれ、健康診断の目的は有害物質ばく露や感染症対策から、労働者の健康全般を守ることへと拡大していきました。労働安全衛生法の改正により事業主に年1回の一般健診と年2回の特殊健診の実施義務が課され、健診結果の保存義務まで規定されました。
こうした法制度の整備に伴い、健診項目も変遷しました。1972年の労働安全衛生法では肺結核の早期発見のため一律に胸部X線検査が導入されました。1989年には貧血や肝機能をみる血液検査、心電図検査が追加され、ここ10年ほどでHDLコレステロール、血糖、腹囲、LDLコレステロールなど生活習慣病関連の検査が追加されています。これは労働者健診の目的が動脈硬化や脳・心疾患対策へ移行し、高血圧・高脂血症・糖尿病・肥満といういわゆる“死の四重奏”に早急から対処していくためです。現在、50人以上の事業所ではほぼ100%に近い実施率で健診が行われ、全労働者の受診率は80%以上に達しています。日本で一般健診が法律で義務付けられているのは世界でも珍しく、欧米でも一部の国に限られています。
「人間ドック」の誕生と総合健診の発展
総合健診(人間ドック)は、身体全体を包括的に調べる制度として戦前から模索されてきました。日本総合健診医学会によれば、健康管理を目的とした1週間入院による全身精密検査は1937(昭和12)年に東京帝国大学の坂口康蔵教授のもとで代議士2名を対象に行われたのが最初で、これが“人間ドック”の原型とされています。戦後の1954(昭和29)年7月12日には国立東京第一病院(現・entity[“organization”,”国立国際医療研究センター“,”medical center Tokyo”])で1週間入院の人間ドックが正式に開始され、翌1958年には聖路加国際病院などで1泊2日型が導入されました。日本人間ドック・予防医療学会は、1954年7月12日を記念して「人間ドックの日」を制定しています。
人間ドックという呼称は、船が長旅の後に点検・修理のためドック(dock)に入るように、定期的に身体を総点検する意味を込めて作られたと言われます。1960年代にはアメリカで自動化された多項目健診(Automated Multiphasic Health Testing Services)が開発され、日本でも見学者が相次ぎました。1970(昭和45)年には日本初の自動化健診施設である東芝総合健診センターが開設され、短時間で多項目を検査する仕組みが普及していきます。こうした技術革新とともに、人間ドックは1日コースや日帰りコースなど多様化し、最新のCTやMRI、AIを活用した検査も取り入れられるようになりました。
検診項目の変遷と医学的根拠
健診に含まれる検査項目は、社会が直面する健康問題に対応する形で変化してきました。当初は結核や赤痢など感染症の蔓延を防ぐのが目的だったと指摘しています。1972年に胸部X線検査が導入されたのは、肺結核の罹患率が当時10万人あたり139人で現在の10倍以上であり、早期発見が合理的と考えられたためでした。その後、貧血や肝機能をみる血液検査、心電図検査が1989年に追加されました。1990年代後半から2000年代にかけてはHDLコレステロールや血糖、腹囲、LDLコレステロールの測定が追加され、生活習慣病やメタボリックシンドロームの予防が重要視されるようになっています。
一方で、健診で実施されている検査の有用性については議論が続いています。胸部X線検査や心電図検査のエビデンスが必ずしも十分でないことが指摘され、欧米諸国では無症状のリスクの低い健常者に対して心電図検査を推奨していない国もあります。健診は“検査を受けた人の死亡率が低下するかどうか”で効果が評価されるべきですが、健常者の死亡率はそもそも低く、大規模かつ長期の研究が必要とされるため、日本では検証が難しいのが現状です。このため、検査項目の追加や廃止は科学的根拠に基づくとともに、社会状況や費用対効果を考慮した合意形成が求められています。
現代の健診と課題
現代の健康診断は、従来の感染症対策や労働災害防止に加え、生活習慣病やがんの早期発見を目的とする総合的な予防医療へと進化しています。近年は超音波検査や内視鏡検査、CTやMRIによる画像診断の精度が高まり、AIを用いた画像解析など技術の進歩も追い風となっています。ただ内視鏡検査にも穿孔などの合併症もあり、合併症のリスクと病気の早期発見のメリットを比べたときにどんな検査をどんな頻度で行うべきかについてはまだ十分にコンセンサスが得られていません。
今後の課題として、検査の内容や頻度を科学的根拠に基づいて見直し、過剰な検査や不要な被ばくを減らす一方、効果の高い検査を適切な対象に実施することが必要です。また、検査結果を日々の生活改善や専門医によるフォローアップにつなげる仕組みも重要です。医療機関としては、患者さん一人ひとりに合った検査メニューや予防計画を提案し、検査後のサポートを充実させることが求められています。
まとめ
日本の健康診断は、明治期の学校における身体検査から始まり、その後結核や赤痢など感染症対策として制度化されました。その後、労働基準法や労働安全衛生法の制定に伴い、健診の目的は労働者の健康全般へ拡大し、胸部X線検査や血液検査、心電図検査などが順次追加されました。1950年代には国立東京第一病院で人間ドックが始まり、総合健診という概念が生まれました。近年は生活習慣病やがんの早期発見に重点が置かれ、HDLコレステロールや血糖、腹囲の測定などが導入されています。
このように、健康診断の歴史は社会状況や医療技術の進歩とともに歩んできました。感染症の制圧、労働者の安全、子どもの発育チェック、そして生活習慣病の予防と目的は時代ごとに変化しています。読者の皆様も、健診が単なるイベントではなく自身の健康を考えるきっかけであることを再認識し、検査結果を日々の生活改善や専門医のフォローにつなげてください。健康診断を“受けること”がゴールではなく、そこから得た情報を活かして健康寿命を延ばすことが大切です。

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